第2話
いま注目したい、シリカという生命の土台
光を受けた稲穂

昨日、
日本人と稲の話をしました。

そして最後に登場したのが、
「シリカ」
です。

シリカ、珪素。
聞いたことはあるけれど、
「結局、何なの?」
という人も多いと思います。

実はシリカは人体のさまざまな組織にも存在し、骨や結合組織との関係などが長年研究されてきた元素です。

ただし、ここはとても大事なので正直に言います。

シリカを摂れば、何でも良くなる。
そんな話ではありません。

人での栄養学的な役割については、まだ研究途中の部分もあります。

僕たちは、それを分かった上でシリカに注目しています。

なぜなら、
健康というものを考えたとき、
流行の成分を次々と追いかけるのではなく、
「私たちが昔から食べてきた植物の中に、何が存在しているのか」
をもう一度見直したかったからです。


そして調べていくと、
面白いことが分かってきます。

稲という植物はシリカを蓄積します。

しかも、
そのシリカが多く存在する場所の一つが、
籾殻。

米粒を守っている、
あの硬い外側です。

米粒を守る籾殻

考えてみれば不思議です。

人間は中のお米だけ食べ、
外側はほとんど捨ててきた。

でも、
「外側だから価値がない」
とは限らないのではないか。

むしろ植物が種を守るためにつくった部分だからこそ、
僕たちがまだ知らない価値があるかもしれない。

ここから僕たちの探究が始まりました。


40代、50代、60代、70代。
年齢を重ねるほど、
健康情報は増えていきます。

カルシウム。
鉄。
亜鉛。
ビタミン。
乳酸菌。
酵素。

気づけば、
健康になるために、どんどん何かを足している。

僕自身も健康を追究してきたからこそ、よく分かります。

でも、ある時から考えるようになりました。

本当に必要なのは、
「次の新しい成分」を探し続けることなのだろうか。

もしかすると、
僕たちが見落としてきたものを見直すことではないか。

その答えの一つが、
稲の「籾殻」でした。

稲穂と玄米

でも、ここでもう一つ疑問が生まれます。

だったら、
「玄米を食べればいいのでは?」
そう思いますよね。

僕たちも最初はそう思いました。

ところが、
玄米と籾殻を同じ「稲」として考えてはいけないことに気づきました。

明日は、
僕たちがなぜ玄米ではなく、
籾殻そのもの
に着目したのか。

そして、
Kami - 神 -が生まれた原点をお話しします。

次回
第3話「玄米ではなく籾殻に着目した理由」