Kami-神󠄄-store
人生を豊かにするメルマガバックナンバー
毎週1回、3分で。
健康とは何か。愛とは何か。幸せとは何か。人はなぜ生きるのか。
あなたの世界が少し広がる話を、これまでに18話お届けしました。
気になる題名から、どこからでもお読みください。
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vol.01 健康とは何か 専門家ではない僕が、健康を追い続けて辿り着いた答え
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.01(2026.06.12配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は少し意外な話から始めたいと思います。
実は僕は、
何の専門家でもありません。
医学博士でもない。
研究者でもない。
大学教授でもない。
国家資格をいくつも持っているわけでもない。
分かりやすく言うなら、
行き過ぎた健康マニアの、一人の経営者です。
ただ、ここが面白いところなのですが、
僕は専門家ではないからこそ見える世界があると思っています。
専門家には専門家の強みがある
当然ですが、
専門家には専門家の価値があります。
医師には医師の役割がある。
研究者には研究者の役割がある。
栄養士には栄養士の役割がある。
僕自身、多くの先生方から学んできましたし、
今でも学び続けています。
むしろ、
自分一人で何かを解決できるなんて思ったことはありません。
しかし同時に、
専門家だからこその限界もあります。
医師は医学を中心に見る。
栄養学者は栄養学を中心に見る。
心理学者は心理学を中心に見る。
宗教学者は宗教を中心に見る。
それぞれが深い。
しかし、
深く掘れば掘るほど、
全体が見えなくなることもある。
僕は幸運なことに、
専門家ではなかった。
だから、
自由だった。
僕は「統合」をしている
僕は今まで、
本当にいろんなことを学んできました。
陰陽五行説
中医栄養学
東洋医学
西洋医学
統合医療
神󠄄道
仏教
哲学
成功哲学
心理学
宇宙論
生命論
量子論
歴史
民族学
文化論
興味を持ったら学ぶ。
分からなければ聞く。
理解できなければ試す。
試して再現できなければ、
また学ぶ。
これを何年も繰り返し、
今もそれを実践しています。
だから今の僕は、
専門家ではなく、
“統合家”
なのだと思っています。
専門家が見ている世界を、
一つの地図として重ね合わせる。
すると、
今まで見えなかったものが見えてくる。
学びは終わらない
今でも分からないことだらけです。
でも、それが面白いのです。
学べば学ぶほど、
世界は広がる。
知れば知るほど、
知らないことが増える。
健康も同じです。
「これが正解です」
と言えるほど、
生命は単純ではありません。
だから僕は、
この終わりなき旅が好きなのです。
健康を紐解いてみる
健康について考えてみたい。
健康という言葉。
当たり前のように使っていますが、
改めて考えたことはありますか?
健康になりたい。
健康でいたい。
健康が大事。
でも、
健康って何でしょう?
若い身体でしょうか?
病気がないことでしょうか?
前向きな心でしょうか?
もちろん、それも一部です。
でも、
僕はもっと深い意味があると思っています。
「健」とは何か
まず、
健康の「健」。
これは、
丈夫。
強い。
という意味です。
しかし、
筋肉があるとか、
病気にならないとか、
そういうことだけではありません。
心も含まれるのです。
打たれても立ち上がる。
失敗しても挑戦する。
悲しいことがあっても前へ進む。
そんな、
精神󠄄的な強さも含めて、
「健」なのです。
「康」とは何か
次に、
健康の「康」。
こちらは、
安らか。
穏やか。
落ち着いている。
という意味があります。
つまり、
何も起きない人生ではないのです。
問題があっても、
不安があっても、
揺れながらも、
中心がある状態。
それが「康」です。
健康とは何か
ここで、
「健」と「康」を合わせてみます。
すると、
健康とは、
どんな出来事も受け入れ、
どんな困難も学びに変え、
人として成長しながら、
心も身体も丈夫になっていくこと。
不安や恐れに支配されず、
落ち着いて今を見つめ、
必要なことを選択し、
人生を前へ進めていくこと。
これが、
本来の健康なのではないでしょうか。
病気は悪なのか
僕は最近、
病気そのものを悪者にする風潮に違和感があります。
病気は辛い。
苦しい。
できればなりたくない。
それは当然です。
でも、
病気から学ぶこともある。
身体からのメッセージもある。
人生の方向転換になることもある。
そう考えると、
病気すら人生の一部です。
だから、
病気を恐れることより、
病気から何を学ぶか。
その方が大切だと思っています。
栄養学の役割は何か
ここで、
栄養学を考えてみる。
栄養学は大切です。
しかし、
栄養学だけでは健康になれません。
ビタミンを知っていても、
怒りだらけなら健康ではない。
ミネラルを摂っていても、
絶望していたら健康ではない。
つまり、
栄養学は健康の一部。
全てではない。
西洋医学の役割は何か
西洋医学も同じです。
手術をする。
感染症を防ぐ。
これは本当に素晴らしい。
しかし、
人生の意味までは教えてくれない。
生きる目的までは教えてくれない。
だから、
医学もまた、
健康の一部です。
愛とは何か
最後に、
僕が健康と同じくらい大切だと思うものがあります。
愛です。
人を想うこと。
感謝すること。
許すこと。
受け入れること。
これらは、
血液検査では測れません。
でも、
人生を大きく左右します。
そして不思議なことに、
愛が増えると、
身体も元気になる。
これは何度も見てきました。
KAMI - 神󠄄 - の役割
僕は、
Kami - 神󠄄 - 自体が健康を作るとは思っていません。
健康は、
生き方そのものだからです。
しかし、
Kami - 神󠄄 -は、
健康へ向かう土台を整えることができるのです。
それだけは確信しています。
神󠄄経を整える。
水を整える。
巡りを整える。
つまり、
生命が本来の力を発揮しやすい環境を作る。
それがKami - 神󠄄 -の役割です。
専門家ではない僕だからこそ、
辿り着いた答えがあります。
健康とは、
病気がないことではない。
若いことでもない。
サプリメントを飲むことでもない。
健康とは、
人生そのもの。
学び続けること。
受け入れること。
成長すること。
感謝すること。
愛すること。
そして、
どんな出来事も自分の糧に変えながら、
心も身体も豊かになっていくこと。
それこそが、
僕が考える
真の「健康」なのです。
vol.02 なぜ僕は鉱物性ソマチッドを飲まないのか そして、なぜ植物由来にこだわるのか
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.02(2026.06.18配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は少し踏み込んだお話をします。
ソマチッド。
近年、健康業界や波動業界でよく耳にする言葉になりました。
僕自身も長年、ソマチッドに興味を持ち、調べてきました。
その中で、ずっと感じてきた疑問があります。
「鉱物性ソマチッドを、わざわざ飲む必要があるのだろうか?」
誤解しないでほしいのは、否定ではないということ
鉱物由来のソマチッドには、素晴らしい価値があります。
お肌に身につける。
空間に置く。
建材に混ぜて使う。
陶器にする。
アクセサリーにする。
古代から人類は、現代人よりも遥かに鉱物の力を活用してきました。
その価値は本物だと思っています。
ただ、
「飲む」となると、少し話が変わります。
僕はそう考えるのです。
そもそも鉱物とは何か
鉱物は、土や岩石から採取されるものです。
地球が長い年月をかけて作り出した物質です。
だから価値がある。
でも僕は、ここで単純な問いを持ちます。
人間は本来、
鉱物を食べる生き物だろうか。
石を食べる生き物だろうか。
そこに、シンプルで大きな違いがあると思っています。
自然界は「植物」を入口にしている
少し、考えてみてください。
土の中のミネラルを、人間は直接利用できません。
だから植物が存在します。
植物が土から吸い上げる。
太陽の光を受ける。
生命活動を行う。
そして、人間が利用できる形へ変換する。
僕たちはその植物を食べる。
植物とは、地球と人間を繋ぐ架け橋です。
この仕組みそのものが、自然界の叡智だと思っています。
海外ではどう扱われているか
ソマチッド関連の情報を調べていくと、興味深い傾向があります。
鉱物由来のソマチッドは、飲用よりも、
外用製品、セラミック、ヒーリング素材として扱われることが多い。
特許文献でも、皮膚再生、創傷ケア、電磁波シールド素材など、
「外部利用」を前提とした開発が多く見受けられます。
僕はここに注目しました。
なぜ、鉱物をわざわざ飲まなければいけないのだろう。
僕が大切にしている基準
製品を選ぶとき、僕はとても単純な基準を持っています。
自然かどうか。
生命かどうか。
日本人が何千年も共に歩んできたものかどうか。
人間が口にして良いものかどうか。
植物。
発酵。
自然栽培。
微生物。
土。
水。
こういったものには、生命の循環があります。
人間の身体もまた、その循環の中にあります。
だから僕は、
生命を通過したものを選びます。
鉱物ではなく、植物を。
なぜKAMI - 神󠄄 - は植物由来なのか
Kami - 神󠄄 - が植物由来にこだわる理由も、ここにあります。
籾殻は、植物です。
しかも、日本人が何千年も共に生きてきた「稲」です。
土のミネラル。
太陽のエネルギー。
水の情報。
微生物の働き。
すべてを受け取り、生命へと変換した存在。
そこに、僕は安心感を覚えます。
そして、自然さを感じます。
あなたは、
鉱物を口にするのと植物を口にするのと、
どちらに安心感がありますか?
僕の結論
鉱物性ソマチッドを否定するつもりはありません。
価値がある可能性も、もちろんあるでしょう。
しかし、僕自身が選ぶなら、植物を選びます。
日本人が長い歴史の中で共に歩んできたものを選びます。
なぜなら、
人間もまた、自然だからです。
健康を考えるとき、僕はいつもひとつの問いを持ちます。
「それは、自然だろうか?」
自然が何百万年もかけて作り上げた仕組みがあるなら、
まずその仕組みを信頼したい。
土から植物へ。
植物から生命へ。
生命から人へ。
その流れの中に、本来の健康があると感じています。
だから僕は、
鉱物ではなく植物を選んでいます。
それが、Kami - 神󠄄 - の考え方であり、
僕自身の選択です。
vol.03 玄米より籾殻? なぜ玄米ではなく籾殻に着目したのか
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.03(2026.06.25配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、よくいただく質問についてお話ししたいと思います。
「玄米が身体に良いのは分かるけど、なぜ籾殻なのですか?」
健康意識の高い方ほど、玄米の価値を知っています。
白米より玄米。
これは多くの人が聞いたことがあるでしょう。
玄米は、日本人にとって素晴らしい食文化の一つだと思っています。
しかし、
僕たちは玄米のさらに外側にある、ある存在に注目しました。
それが、
籾殻です。
自然界はなぜ籾殻を作ったのか
まず考えてみてほしいのですが、
自然界は無駄なものを作るのでしょうか。
作りません。
葉にも、
根にも、
果物の皮にも意味があります。
そして、玄米を包む籾殻にも当然意味があります。
自然界は、わざわざ玄米を籾殻で包んでいます。
それは、
デリケートな玄米を確実に守るためです。
籾殻は生命を守る鎧
籾殻の役割は非常にシンプルです。
中のお米を守ること。
乾燥から守る。
湿気から守る。
紫外線から守る。
外側からくる薬害から守る。
つまり、
「生命」を守るための鎧なのです。
僕はここに、大きな意味があることに気づきました。
珪素はどこに多いのか
ここで栄養的な話になります。
実は、籾殻には植物性珪素が非常に多く含まれています。
玄米にも珪素はあります。
しかし、圧倒的に多いのは籾殻です。
なぜなら、植物は最も強度が必要な部分に珪素を集めるからです。
植物性食品の珪素含有量(100g中)を比べると、
玄米:約5mg
籾殻(Kami):約24,500mg
比べものにならないほど多いのです。
建物で言えば、鉄骨のような役割です。
生命を守るための構造材。
体の土台です。
それが珪素(シリカ)です。
そして、その珪素が最も集中している場所の一つが、
籾殻なのです。
食物繊維も圧倒的
さらに面白いことがあります。
食物繊維の量です。
玄米にも食物繊維は豊富です。
しかし、籾殻はさらにその遥か上をいきます。
なぜなら、籾殻そのものが繊維構造だからです。
植物が生命を守るために作り上げた、天然の繊維の塊。
それが籾殻です。
だから僕たちは、食物繊維源としても大きな可能性を感じました。
抗酸化という視点
さらに僕が注目したのは、籾殻の価値は数字だけではないということです。
中のお米を守る。
これが非常に重要なのです。
守るということは、酸化と戦うということです。
劣化を防ぐということです。
生命力を維持するということです。
自然界の中で、何ヶ月も種として生命を繋げるためには、強い防御力が必要になります。
その生命の知恵が、籾殻には詰まっていると僕は確信しています。
玄米と籾殻の違い
僕は、玄米と籾殻を競わせたいわけではありません。
どちらが上かという話でもありません。
役割が違うのです。
玄米は、自然の果実そのもの。
籾殻は、その果実を守る存在です。
例えるなら、
玄米は種。籾殻は神󠄄殿です。
どちらも必要で、どちらも価値があります。
しかし僕たちは、これまで見落とされてきた籾殻に注目したのです。
中身を守る籾殻は、世界のあらゆる植物を見ても、いまだに解明されていない神󠄄秘的な存在です。
だからこそ、その神󠄄秘性や可能性を感じた歴史上の人物が、様々な書物に残してきたのだと思っています。
なぜ籾殻は日本人にとって価値があるのか
日本人は何千年も、稲と共に生きてきました。
稲を育て、収穫し、感謝し、神󠄄事に用いてきました。
その中で、籾付きの稲は特別な意味を持っていました。
神󠄄棚に供えられることもあります。
それは単なる穀物ではなく、生命の象徴だったからです。
僕は、その文化的背景も非常に重要だと思っています。
KAMIが見ているもの
僕は、珪素(シリカ)だけを見ているわけではありません。
食物繊維だけを見ているわけでもありません。
栄養成分だけなら、他にも優れた食品はあります。
僕たちが見ているのは、
生命を守る構造そのものです。
生命を包む力。
生命を支える力。
生命を還元する力。
それが籾殻にあると感じています。
だから僕たちは、玄米ではなく、
籾殻に着目したのです。
玄米は素晴らしい。
僕はそう思っています。
しかし、その玄米を何ヶ月も守り続ける存在が籾殻です。
珪素(シリカ)。
食物繊維。
自然の情報。
生命維持力。
長い間、捨てられてきたもの。
見向きもされなかったもの。
灯台下暗しとは、このことだと思ったのが数年前です。
しかし、本当に価値があるものは、案外そんな場所に眠っているのかもしれません。
それが、僕たちが籾殻に惹かれた理由です。
vol.04 和ハーブの女王「よもぎ」 なぜ僕たちは、この植物を選んだのか
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.04(2026.07.03配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
量子食品®神󠄄と青よもぎ。
この製品の中心には、日本人なら誰もが知っている植物があります。
それが、
よもぎ。
草餅の香り。
春の野原。
おばあちゃんの知恵。
そんなイメージを持つ人も多いかもしれませんね。
しかし本当のよもぎの価値は、そのイメージをはるかに超えています。
よもぎは「和ハーブの女王」
世界には数え切れないほどのハーブがあります。
カモミール
ペパーミント
ラベンダー
ローズマリー
どれも素晴らしい植物です。
しかし日本には、日本人の"身体のために育まれてきた植物"があります。
それが、よもぎ。
よもぎは古くから、
食べる
飲む
温める
浄化する
癒す
あらゆる場面で活用されてきました。
まさに、和ハーブの女王と呼ばれるにふさわしい存在です。
なぜ女王なのか
理由はシンプルです。
圧倒的な生命力
よもぎは、日本全国どこでも育ちます。
山でも。
川辺でも。
海の近くでも。
その生命力は非常に強く、踏まれても、刈られても、また芽吹く。
つまり、再生の象徴。
女性との深い関係
よもぎは昔から、女性の薬草としても知られています。
冷え
巡り
月のリズム
更年期
こうした女性特有のテーマと深く関わってきました。
だからこそ、現代の40代・50代女性にも非常に相性が良い植物なのです。
日本人との親和性
そして最も重要なのがここです。
よもぎは、日本人の身体が長い時間をかけて付き合ってきた植物。
つまり、日本人の適応植物。
海外のスーパーフードではなく、日本人のDNAが覚えている植物なのです。
神󠄄と青よもぎの特別さ
しかし、量子食品® 神󠄄と青よもぎは、単なるよもぎ製品ではありません。
僕たちが選んだのは、
生命力あふれる、沖縄の最高ランク青よもぎ。
そしてそこに、量子食品® Kami - 神󠄄 - の籾殻シリカが加わるのです。
よもぎ × 稲
考えてみてください。
日本人を支えてきた薬草。
日本人を支えてきた稲。
この二つがひとつになる。
それは単なる健康食品ではありません。
日本人の原点を取り戻すための組み合わせです。
和ハーブの女王。
それは単なるキャッチコピーではありません。
何千年もの間、日本人の身体を支え、寄り添い、守り続けてきた植物への敬意です。
そしてその女王に、稲の神󠄄性を宿したKami - 神󠄄 - が出会ったということ。
だから、量子食品® 神󠄄と青よもぎ。
これは、ただのよもぎ製品ではなく、
日本人の身体と感覚を、本来の状態へ導くための最速最短の答え。
僕たちはそう考えています。
vol.05 理想から生まれた、Kami of Kami 想像を超えたのは、僕たちではなくお客様でした
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.05(2026.07.09配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、Kami of Kamiについて、少し本音を書いてみようと思います。
Kami of Kamiは、最初から理想から生まれた製品でした。
自分が飲みたくて創っただけって感じです。
売れる商品を作ろう。
流行る商品を作ろう。
そんな発想ではありませんでした・・・
もし、Kamiを極限まで磨いたらどうなるのか。
もし、Kamiの可能性を最後まで追求したらどうなるのか。
もし、妥協を一切やめたらどうなるのか。
その好奇心や問いから始まったのが、Kami of Kamiです。
正直、どうなるか分からなかった
開発当初、僕は思っていました。
これは一体、どんな製品になるんだろう。
どんな体感があるんだろう。
どんな感想が届くんだろう。
想像ができませんでした。
なぜなら、前例がなかったからです。
比較対象もない。
市場調査も意味がない。
ただ、理想だけ。
だから、楽しみでもあり、全く売れなくてもいいと思っていました。
理想は時に説明できない
本当に新しいものは、最初は説明できない。
説明より先に、感覚が来るという感じです。
理論より先に、直感が来るという表現。
だからKami of Kamiは、最初から理論だけで作ったわけではありません。
もっとできるはずだ。
そんな理想を積み重ねていった結果、生まれた製品でした。
驚いたのは発売後
そして発売後。僕は驚くことになります。
想像以上だったからです。
僕が驚いたのではありません。
お客様が驚いていた。その声に、僕たちが驚いたのです。
今までと違う。
こうすると面白い。
こういう体感があった。
そんな声が次々と届き始めました。
開発者の想像を超えていく
本当に良い製品には共通点があります。
開発者の想像を超えていく。
作った人の予想を超えて、使う人が可能性を広げていく。
これが起こるのです。
僕たちが考えた使い方より、お客様の方が面白い使い方を見つける。
僕たちが考えた価値より、お客様の方が価値を見つける。
それが起き始めていました。
なぜそこまで追求するのか
よく聞かれます。
なぜそこまでやるのですか?
なぜそこまでこだわるの?
もっと効率的でいいのでは?
その答えは、実は昔から変わっていません。
日本から病を消したいからです。
病がない未来
僕が言う病とは、単なる病名ではありません。
希望を失うこと。
人生を諦めること。
生きる力を失うこと。
そういったものも含まれています。
だから、病を消すということは、単に体が健康になることではないのです。
人生を楽しめること。
夢を持てること。
挑戦できること。
未来に希望を持てること。
僕はそういう世界を見ています。
Kamiを極めたKami。
それが、Kami of Kamiです。
最初は、どんな製品になるのか分かりませんでしたww
どんな反応が来るのかも分かりませんでした。
理想で創ったからです。
しかし今、お客様から届く声を聞きながら思います。
理想は間違っていなかったかなと。
本当に必要なものは、必要な人にちゃんと届くなと。
日本から病を消す。
一見すると大それた話ですし、大きなゴールを示す責任みたいなのも感じたり。
でもその大きな理想があったから、
Kamiも、Sumera Kamiも、Kami of Kamiも生まれたのだと思っています。
理想が未来を作る。
これからも理想を追い続けます。
まだ見たことのない、日本の未来を見たいから。
vol.06 日本から「病」を消す。 その一点集中が僕たちの出発点だ
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.06(2026.07.16配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、僕たちがなぜ製品開発をしているのか。
その原点についてお話したいと思います。
僕たちには、ずっと変わらないゴールがあります。
会社を大きくすることでもありません。
有名になることでもありません。
僕たちの目標は、もっとシンプルです。
日本から「病」を消す。
ただ、それだけです。
その一点に集中しているのです。
「病」がない国を作りたい
昔から思っていました。
なぜこれほど医療が発達しているのに、病気は増え続けるのだろう。
なぜこれほど健康情報があるのに、健康不安は増え続けるのだろう。
なぜこれほど豊かな国なのに、心が苦しい人が増えているのだろう。
病院が悪いと言いたいわけではありません。
医療を否定したいわけでもありません。
きっかけは、僕の祖父の死でした。
肺がんと診断され、病院で治療をしていたのですが、
死因は多臓器不全。
僕は「?????」
なんで肺がんで死んでいないの?
その矛盾を埋めること。ここが本当のスタートです。
僕は、病気になってから考える社会ではなく、
病気にならない社会を作りたいと思ったのです。
Kami-神󠄄-store の製品を見ていると、美容の話が出てきます。
若返りの話も出ます。
デトックスの話も出てきます。
神󠄄経の話まで。
ミトコンドリアからソマチッドまでも。
しかし、それらは全て枝葉です。
本当に見ているものは、もっと奥にあります。
「病がない世界。」それが根っこです。
その中には若返りも含まれます。
美容も含まれる。
元気も含まれる。
長寿も含まれる。
全部、病を消すという目的の中に包摂されているのです。
本物しか残らない
世の中には、健康商品がたくさんあります。
健康法もたくさんありますし、情報もたくさんあります。
しかし、最終的に残るのは、本物だけです。
本物の健康。
本物の技術。
本物の原料。
本物の想い。
それ以外は、いつか消えていくのです。
だから僕たちは、遠回りでもいいと思っています。
時間がかかってもいいし、でも本音は早くしたい。
本物を追求したい。その想いだけで、ここまで来ました。
製品を作っているのではない
僕は、製品を作っている感覚がありません。
未来を作っている感覚です。
子供たちが病気を恐れなくていい未来。
高齢になっても元気に歩ける未来。
人生を最後まで楽しめる未来。
自分の夢を諦めなくていい未来。
その未来を作るための道具として、製品がある。
商品が先ではなく、理念が先なのです。
病とは何か
そして僕は、病とは単なる症状ではないと思っています。
病とは、身体からの悲鳴かもしれない。
心からのサイン。
生き方のメッセージ。
食事の問題かもしれない。
環境の問題かもしれない。
孤独の問題かもしれない。
だから、病を消すということは、単に症状を消すことではないのです。
ゴールは遠いのかな
正直に言うと、日本から病を消す。
そんなこと、一生かかってもできないかもしれません。
僕の生きている間には、実現しないかもしれない。
でも本音は生きている間に実現したい。
でも、それでいいのです。
大切なのは、どこへ向かっているかだからです。
大きな志は、世代を超える。
僕たちが始め、次の世代が受け継ぐ。
また次の世代へ繋がる。
そうやって未来が作られたら最高だと思って今も進んでいます。
僕たちは、若返りを売っているのではありません。
美容を売っているのでもありません。
健康食品を売っているのでもありません。
僕たちが本当に届けたいのは、病のない未来を創る製品です。
その追求を、僕たちはこれからもやめません。
いつの日か。本当にいつの日か。
日本から病が消えたら。
誰もが人生を楽しみ、夢を持ち、最後まで自分らしく生きられる国になったら。
その時、僕たちの挑戦は少しだけ報われるのかもしれません。
だから今日も、僕たちは創り続けます。
日本から「病」を消す。その、たった一つの目的のために。
vol.07 健康になると幸せになる。幸せになると健康になる。 どっちが先?
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.07(2026.07.23配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、僕がずっと考えてきたことを書いてみようと思います。
それは、
健康になると幸せになる。
幸せになると健康になる。
この件です。
卵が先か、鶏が先か。
こんな話です。
僕は、この両方とも正しいし存在すると思っています。
そして、この二つは切り離せないとも思っています。
しかし現代社会は、この二つを別々に考えています。
学校教育が別々で教えるという背景も重なって。
健康は健康。
幸せは幸せ。
お金はお金。
仕事は仕事。
家族は家族。
全部分けて考える。
でも僕は、人生は分かれていないと思っています。
木と根っこの話
一本の大きな木を想像してください。
青々と葉が茂り、美しい花が咲き、立派な実をつけています。
多くの人は、葉っぱを見ます。
花を見ます。
実を見ます。
でも、その木を支えているのは、地面の下にある根っこですよね。
健康は、葉っぱかもしれません。
幸せも、花かもしれません。
お金も、実かもしれません。
でも、全部同じ根っこから生まれているのです。
根っこが元気なら、葉も元気になる。
花も咲く。
実もつく。
だから僕は、健康だけを追いかけても、幸せだけを追いかけても、本質には届かないと思っています。
井戸の水の話
昔の人は、井戸から水を汲んでいました。
井戸の水が濁った時、どうするでしょうか。
バケツを磨くでしょうか。
違いますよね。
水源を見る。源流を見る。
そこが汚れていたら、何度水を汲んでも濁ります。
僕は、健康も幸せも同じだと思っています。
健康だけを磨いても、幸せだけを磨いても、源流が整っていなければ、また濁るのです。
その源流とは何か。僕は、生命力だと思っています。確信していると言っていいです。
子供はなぜ元気なのか
子供を見ていると、面白いことがあります。
たくさん笑う。たくさん泣く。たくさん走る。たくさん眠る。
そして、驚くほど元気です。
子供は、健康になろうとしていない。
幸せになろうともしていない。
ただ、今を生きているのです。夢中になっている。
その結果、健康であり、幸せなのです。
僕たち大人は、いつから逆になったのでしょう。
健康になるために生きる。
幸せになるために働く。
お金のために人生を使う。
その途中で、健康も幸せも見失っているように見えてならないのです。
太陽と雲
僕は人間全員が、太陽のような存在だと思っています。
太陽は、今日も空にあります。
曇りの日も、雨の日も、雪の日も。
消えたわけではありません。雲に隠れているだけです。
健康も同じ。幸せも同じ。
本当は、誰の中にもあり、太陽の存在は無くなっていません。
でも、不安という雲。
恐れという雲。
怒りという雲。
比較という雲。
執着という雲。
それらが空を覆ってしまう。
だから僕は、健康は作るものとは思っていません。
幸せを作るとも思っていません。
雲を減らす。生命が本来持っている力を邪魔しない。それが一番大切だと思っています。
お金と健康
経営者として、僕はお金の大切さを知っています。
しかし、お金がある人が、必ず幸せとは限らないのです。
健康な人が、必ず笑っているとも限らないのです。
逆に、病気を経験して、人生が変わる人もいます。
お金を失って、本当に大切なものに気づく人もいます。
だから僕は、健康もお金も、人生を豊かにする道具だと思っています。目的ではないのです。
両輪の自転車
僕は、健康と幸せは、自転車の両輪だと思っています。
片方だけでは進まないのです。
健康だけでも、幸せだけでも、遠くへは行けない。
両方が回るから、人生は前へ進む豊さを感じられるのです。
だから、身体を整えることも大切。
心を整えることも大切。
神󠄄経を整えることも大切。
人間関係を整えることも大切。
自然と触れ合うことも大切。
感謝することも大切。
バラバラに教わったから、全部繋がっているという感覚を戻すのです。
KAMIが目指しているもの
僕は、病気と戦う製品を作っているつもりはありません。
Kamiが目指しているのは、
生命が本来持っている力を、働きやすくすること。
この1点です。
健康になると幸せになる。
幸せになると健康になる。
どちらが先でもいいです。
大切なのは、どちらかを選ぶことではなく、両方を育てることです。
今日はこっち、明日はあっち、こんな具合にコロコロ気分を変えてもいいと思っています。
気楽な感じが一番いいですね。
僕は、人生とは一本の大きな木だと思っています。
健康は葉。幸せは花。豊かさは実。
そして、その全てを支えている根っこは、生命力そのもの。
目には見えないけれど、確かに存在する生命の力を信じています。
その結果として、健康が生まれ、幸せが生まれ、豊かさが生まれる。
そんな生き方を、これからも選んでいきたいし、それを伝えていきたいと思っています。
vol.08 楽しい人生ってなんだろう? 好きなことをして生きること?
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.08(2026.07.30配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は少し哲学的な話をしたいと思います。
楽しい人生ってなんだろう?
あなたはそう聞かれたら、なんと答えるでしょうか。
好きな仕事をすること。
好きな人と生きること。
好きな場所で暮らすこと。
お金に困らないこと。
自由であること。
どれも間違いではありませんね。
でも僕は最近、少し違う答えに辿り着いています。
それは、
楽しい人生とは、思い通りの人生ではない。
ということです。
思い通りになったら幸せなのか
人は、思い通りを求めます。
もっとお金が欲しい。
もっと健康になりたい。
もっと自由になりたい。
もっと理想の人生にしたい。
もちろん僕もそうです。
しかし考えてみてほしいのです。
もし人生が全て思い通りになったら、本当に楽しいのでしょうか。
ゲームの話
僕はゲームが好きです。
ゲーム感覚が好きというのが本心です。
子供の頃も、大人になった今も、ゲームは面白いと思います。
でも、もしゲームに敵がいなかったらどうでしょう。
レベル上げもない。
ボスもいない。
失敗もない。
必ず勝てる。
そんなゲームは、最初の10分は面白いかもしれません。
でもすぐ飽きる。
なぜなら、成長がないからです。
達成感がないからです。
感動がないからです。
人生も似ている気がします。
子供はなぜ楽しそうなのか
子供を見ていると、いつも思います。
本当に楽しそうだなと。
転んでも笑う。
泥だらけになっても笑う。
虫を捕まえて笑う。
意味もなく走って笑う。
なぜでしょう。
好きなことをしているから?
それもあるでしょう。
でも僕は、もっと本質があると思っています。
子供は、体験している。全力で。
生きている。全力で。
だから楽しいのです。
楽しい人生とは体験する人生
僕は、人生の目的は成功ではないと思っています。
お金持ちになることでもない。
有名になることでもない。
体験すること。それが人生なのではないかと思っています。
嬉しい。
悲しい。
悔しい。
感動する。
失敗する。
成功する。
恋をする。
別れを経験する。
挑戦する。
全部体験です。
その体験が、人を成長させる。
この世に学ぶために生まれてきた
僕は、人生とは学びだと思っています。
学校の勉強ではありません。
命の学びです。
感謝を学ぶ。
愛を学ぶ。
許すことを学ぶ。
手放すことを学ぶ。
信じることを学ぶ。
与えることを学ぶ。
受け取ることを学ぶ。
そう考えると、嫌な出来事にも意味が見えてきます。
失敗も、ただの失敗ではなくなる。
病気も、ただの不幸ではなくなる。
出会いも、偶然ではなくなる。
全てが学びになるのです。
幸せは結果
多くの人は、幸せを目的にしています。
しかし僕は、幸せは結果だと思っています。
挑戦した結果。
感謝した結果。
成長した結果。
振り返った時に、「ああ、楽しかったな」と思える。
それが幸せなのではないでしょうか。
製品がもたらすもの
健康になることは、目的ではありません。
人生を楽しむための土台です。
そして人生とは、学びと体験の連続です。
だから僕は、
健康も、
お金も、
人間関係も、
全部人生を楽しむための道具だと思っています。
楽しい人生ってなんだろう?
好きなことをして生きること?
それも一つの答えかもしれません。
でも僕は、もっと深いところに答えがある気がしています。
楽しい人生とは、生きることそのものだということです。
様々な体験を通して学び、
成長し、
感謝し、
感動すること。
そして人生の最後に、こう言えること。
「いろいろあったけど、面白かった。」
それが、本当に楽しい人生なのではないかと、僕は思っています。
そのいろいろ。
あなたはその、いろいろを増やすことができていますか?
毎日どんな、新しいいろいろをやっていますか?
vol.09 お金と健康は似ている。 でも、お金と命は同じではない。
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.09(2026.08.07配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は少し健康から離れているようで、実は健康そのものの話をしたいと思います。
それは、
お金と健康の関係。
そして、命の価値について。
お金と健康はよく似ている
僕は長年、
健康も学び、
お金も学び、
経営も学び、
人の人生も見てきました。
その中で思うことがあります。
お金と健康は、とてもよく似ている。
健康な人は、健康を失ったときに価値に気づく。
お金も同じです。
あるときは当たり前。
失ったときに初めて、その価値に気づく。
だから多くの人が、健康を追い求める。
お金を追い求める。
それは自然なことです。
しかし、ここで大きな勘違いが起こる。
お金=命ではない
いつの間にか、人はお金を命と同じ場所に置いてしまう。
収入が減った。
借金がある。
会社がうまくいかない。
将来が不安。
すると、生きる価値そのものまで失ったように感じてしまう。
でも、本当にそうだろうか。
僕は違うと思う。
お金は大切。本当に大切。
しかし、お金は命ではない。
もっと言うなら、
お金は後から何度でも作れる。
でも、命はそうじゃない。
日本は自殺大国という現実
とても悲しい話ですが、日本には長年、自殺大国という現実があります。
原因は様々です。
人間関係。
病気。
孤独。
将来への不安。
そしてその中には、お金を理由にしたものもある。
会社が倒産した。
生活が苦しい。
借金がある。
そうすると、人生そのものが終わったように感じてしまう。
でも、本当に終わっているのは、お金なのだろうか。
それとも、心の中の希望なのだろうか。
人間の価値は口座残高ではない
僕は経営者です。
だから、お金の重要性はよく分かります。
会社を維持するにも必要。
家族を守るためにも必要。
夢を実現するにも必要。
だから、お金を軽視するつもりはありません。
でも、もっと大切なことがある。
それは、あなた自身の価値。
人間の価値は、年収ではない。
資産額でもない。
肩書きでもない。
命そのものに価値がある。
これは綺麗事ではなく、本質です。
分離感覚が人を苦しめる
ではなぜ、人は追い詰められるのか。
僕は、その根本に分離感覚があると思っています。
自分は一人。
誰も助けてくれない。
理解されない。
どうにもならない。
そう感じると、人は急激に弱くなる。
人間は本来、一人で生きるようにはできていない。
日本人は本来「つながり」の民族だった
昔の日本には、村がありました。
助け合いがありました。
困ったら誰かが来る。
病気になったら支える。
農作業も一緒。
祭りも一緒。
完璧ではなかった。
でも、一体感があった。
だから、多少お金がなくても、生きていけた。
今、日本に必要なもの
僕は思います。
今の日本に必要なのは、お金の教育だけではない。
健康の教育だけでもない。
もっと根本的です。
一体感
コミュニティ
分かち合い
助け合い
自立
この5つ。
助け合う。でも依存しない。
つながる。でも自分を失わない。
これが本当の自立だと思う。
KAMI - 神󠄄 -が目指しているもの
Kami - 神󠄄 -で、身体を整える。
神󠄄経を整える。
巡りを整える。
それも大切です。
でも本当にやりたいことは、その先です。
人と人がつながること。
健康を分かち合うこと。
希望を分かち合うこと。
日本人が本来持っていた一体感を取り戻すこと。
そのための入り口として、Kami - 神󠄄 -が存在している。
僕はそう思っています。
お金は大切です。
健康も大切です。
でも、お金=命ではない。
健康=人生の価値でもない。
最も価値が高いのは、あなた自身です。命です。
そして、その命は一人で存在しているわけではない。
つながりの中で生きている。
だから今、日本に必要なのは、
競争ではなく共創。
孤立ではなく一体感。
奪い合いではなく分かち合い。
依存ではなく自立。
そして、「どうにもならない」ではなく、
「きっと何とかなる」と思える仲間の存在。
それこそが、これからの日本に必要な本当の豊かさなのだと、僕は思っています。
vol.10 健康マニアほど病気になる? 病気を嫌いすぎる人ほど、病気を意識している
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.10(2026.08.15配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は少し誤解を恐れずに書いてみようと思います。
僕は長年、健康や意識について学び続けてきました。
そしてその中で、ずっと感じていることがあります。
それは、
健康マニアほど病気になっている人が意外と多い。
ということです。
もちろん、全員ではありません。
しかし、
健康情報を毎日追いかけ、
健康食品を大量に摂り、
病気を極端に恐れている人ほど、なぜか体調を崩している。
社会の真実を追いかけ、
SNSやYoutubeで情報収集し、
日本の未来に恐れている人ほど、なぜか体調を崩している。
僕はそんな場面を何度も見てきました。
なぜだろうか。
僕はそこに、健康の本質が隠れている気がしています。
病気は悪いものなのか
多くの人は、病気を悪いものだと思っています。
病気になったら終わり。
病気は敵。
病気は絶対になってはいけない。
だから病気を避ける。
病気を嫌う。
病気を恐れる。
すると、何が起こるだろう。
頭の中は、病気でいっぱいになるのです。
癌になりたくない。
認知症になりたくない。
脳梗塞になりたくない。
糖尿病になりたくない。
つまり、一日中、病気のことを考えているのです。
嫌うということは意識するということ
嫌うということは、意識しているということ。
思考しているということです。
好きな人を考える時間が長いように、嫌いな人も考える時間が長い。
忘れたいと思っているのに、忘れられない。
実はそれと同じです。
病気を嫌えば嫌うほど、病気を意識する。
病気を恐れれば恐れるほど、病気を考える。
すると人生そのものが、病気中心になってしまう。
僕はこれが、健康から遠ざかる原因の一つだと思っています。
しつこいくらい病は気から
気持ちが落ちると病気になる。
希望を持つと元気になる。
笑うと回復する。
人と会うと元気になる。
これは昔も現代でも変わらないのです。
僕は、病は気からという言葉は、健康の本質を表していると思っています。
病気はメッセージかもしれない
ここからは、僕個人の考えです。
僕は、病気を肯定しているわけではありません。
病気は辛い。苦しい。痛い。
できれば避けたい。
しかし、病気を単なる敵として見ることにも違和感があります。
なぜなら、病気にはメッセージ性があるように感じるからです。
休みなさい。
無理をしすぎています。
もっと眠りなさい。
食事を見直しなさい。
怒りを手放しなさい。
恨みを手放しなさい。
人生の方向を見直しなさい。
身体は基本、言葉を持ちません。
だから、症状という形で伝えていると考えるのです。
車の警告ランプ
車を運転していると、警告ランプが点灯することがありますよね。
ガソリンが少ない。
エンジンに異常。
その時、ランプを壊すだろうか。
違うはずです。
原因を見る。
点検する。
整備する。
病気も似ていると思う。症状は、身体の警告ランプなのです。
だから僕は、病気を敵ではなく、メッセンジャーとして見る視点がとっても大切だと思っています。
健康とは戦いではない
現代の健康法には、どこか戦いの匂いがすると思いませんか。
病気と戦う。
老化と戦う。
細菌と戦う。
添加物と戦う。
ストレスと戦う。
しかし僕は思うのですが、人生は戦場ではないのです。
本来は、調和なのではないだろうか。
受け入れる。
理解する。
選択する。
そして整える。
その方が自然だと思っていて、戦いが不自然だと思っているのです。
恐れは神󠄄経を縮める
僕は健康の本質は、神󠄄経にあると思っています。
恐れると、神󠄄経は緊張し、身体は固くなる。
すると、呼吸は浅くなる。
睡眠は乱れる。
消化も落ちる。
つまり、生命活動が小さくなるのです。
逆に、安心すると神󠄄経は緩む。
呼吸が深くなる。
眠れる。
回復する。
だから僕は、健康のために最も大切なのは、安心感という状態かもしれないと思っているのです。
健康になるために、病気を恐れ続ける。
これは少し矛盾しているのかもしれない。
僕は、病気を愛そうと言いたいわけではない。
しかし、病気を憎み続けることも違うと思っているのです。
病気には、メッセージがある。
人生からのサインがある。
もしそう考えられたら、病気を見る目が変わるでしょ!
それが伝えたいだけなのです。
健康とは、病気がない状態ではない。
健康とは、自分自身との戦いをやめて仲直りしている状態かなと。
vol.11 日本人が今、知っておくべきこと 僕たちは奇跡の続きの中を生きている
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.11(2026.08.29配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、今の日本人にこそ伝えたいことがあります。
僕たちは、つい目の前の問題ばかりを見てしまいます。
景気が悪い。
将来が不安。
人口減少。
世界情勢。
ニュースを見れば、不安になる話題ばかりです。
しかし僕は思います。
今の日本人に必要なのは、不安を増やすことではなく、自分たちがどれほど奇跡の存在なのかを思い出すことだと。
あなたは奇跡の存在である
僕たちは、自分がここにいることを当たり前だと思っています。
朝起きる。
仕事をする。
ご飯を食べる。
家族と話す。
友人と会う。
そんな日常を、当たり前だと思っています。
しかし、少し視点を変えてみてください。
あなたのお父さんとお母さんが出会わなければ、今のあなたはいません。
そのまたお父さんとお母さんが出会わなければ、あなたはいません。
さらにその前も。さらにその前も。
何百年も。
何千年も。
誰一人欠けても、今のあなたはいないという事実です。
つまり、僕たちは偶然ではないということです。
奇跡の積み重ねによって存在しているということです。
日本という国の奇跡
そして、その奇跡は個人だけではありません。
日本という国もまた、奇跡の存在です。
日本は世界で最も長い歴史を持つ国の一つです。
建国して2686年。
世界には、強大な帝国がありました。
巨大な王国もありました。
しかし、消えていった。
形を変えた。名前を変えた。
それでも日本は続いてきた。
なぜでしょうか。
僕はそこに、日本人が持っていた精神󠄄性があると確信しています。
武器ではなく精神󠄄
歴史を見ると、国は力によって栄えることがあります。
軍事力。経済力。権力。
しかし、それだけでは続かないことは歴史が証明しています。
続く国には、必ず理念があります。
生き方があります。
精神󠄄があります。
僕は、日本がここまで続いた理由は、日本人が大切にしてきた精神󠄄にあると思っています。
八紘一宇という理念
日本には、建国の理念として「八紘一宇」という言葉があります。
難しい言葉ですが、僕はとても美しい考え方だと思っています。
世界を一つの家族のように考える。
共に生きる。
共に栄える。
分かち合う。
その精神󠄄です。
支配ではなく共存です。
僕は、これこそ今の時代に必要な考え方だと思っています。
日本人が忘れてしまったもの
戦後、日本は大きく発展しました。
何も不満もでないくらい、便利になり豊かになりました。
しかしその一方で、忘れてしまったものもあります。
それが、
感謝。
共同体。
命への敬意。
日本人としての誇り。
今僕たちは、これらを思い出す時代に入ったと思っています。
僕たちは期待されている
僕は、日本人はもっと自信を持っていいと思っています。
優れているからではありません。
偉いからでもありません。
長い歴史の中で、多くの先人たちが、僕たちに未来を託してくれたからです。
戦争を経験した人たち。
飢えを経験した人たち。
震災を乗り越えた人たち。
国を守ってきた人たち。
家族を守ってきた人たち。
その全ての人たちが、今という未来を繋いでくれた。
だから僕たちは、期待されている存在なのです。
まず自分を幸せにする
世界を変える前に、日本を変える前に、やることがあります。
自分を幸せにすることです。
身体を大切に扱う。
笑う。
感謝する。
家族を大切にする。
仲間を大切にする。
自然を大切にする。
それだけで十分いいのです。
それが広がれば、社会は変わります。
国も変わり、未来も変わります。
日本人が今、知っておくべきことがあります。
僕たちは、奇跡の存在だということ。
感謝される存在だということ。
期待されている存在だということ。
そして、素晴らしい存在だということ。
日本という国は、長い歴史の中で、多くの人たちの願いと祈りによって繋がれてきました。
そのバトンは、今、僕たちの手の中にあります。
だからもう一度、思い出しましょう。
自分の価値を。
日本人としての誇りを。
命の尊さを。
そして、自分を幸せにし、周囲を幸せにし、未来へ繋いでいきましょう。
それこそが、先人たちが僕たちに託した、本当の願いなのかもしれません。
vol.12 食べられるコスメが、普通になる日 毎日、何を肌に触れさせ、何を環境へ流しているのか
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.12(2026.09.05配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、少しだけ立ち止まって、一緒に考えてほしいことがあります。
僕たちは毎日、
顔を洗います。
髪を洗います。
歯を磨きます。
身体を洗います。
化粧品を使います。
洗剤も使います。
それはあまりにも日常的で、もはや疑問を持つことすらありません。
しかし、よく考えてみてください。
そのシャンプーを、口に入れることはできますか?
その歯磨き粉を、そのまま飲むことはできますか?
その化粧水を、食べ物と同じ感覚で扱えますか?
もちろん、口から摂るものと、肌に使うものでは、求められる安全性も役割も違います。
何でも食べられれば安全、という単純な話でもありません。
しかし、それでも僕は思うのです。
毎日使うものなのに、僕たちは原材料を知らなさすぎるのではないか。
「使える」と「納得して使える」は違う
多くの商品は、決められた基準の中で製造されています。
使い方を守れば、問題なく使用できるように作られている。
それは事実です。
しかし、基準を満たしていることと、自分が心から納得して選べることは、同じではありません。
僕は、ここを分けて考えたいと思っています。
使えるから使う。
安いから使う。
みんなが使っているから使う。
テレビで見たから使う。
それで本当にいいのでしょうか。
何で作られているのか。
毎日使い続けた時に、自分はどう感じるのか。
子どもにも使わせたいと思えるのか。
使い終わった後、それはどこへ流れていくのか。
そこまで考えて選んでいる人は、まだ多くありません。
シャンプーは、使った瞬間に消えるわけではない
髪を洗う。
泡を流す。
すると、目の前からは消えます。
でも、本当に消えたのでしょうか。
排水管へ流れます。
下水へ流れます。
処理施設を通ります。
そして、最終的には川や海へ戻っていきます。
つまり、僕たちが浴室で使ったものは、自然と無関係ではありません。
目の前から見えなくなっただけです。
見えなくなれば、無くなったと思ってしまう。
流せば、終わったと思ってしまう。
しかし自然界では、何も消えていません。
形を変え、場所を変え、循環し続けています。
人をきれいにして、自然を汚す
僕は、これが一番おかしいと思っています。
人をきれいにするための商品が、自然を汚す。
肌を整えるための商品が、川や海へ負担をかける。
髪を美しくするための商品が、その先の環境では分解されにくい。
もしそうなら、本当に完成された商品と言えるのでしょうか。
その考え方は、もう終わりにした方がいいと思っています。
なぜなら、人間と自然は分かれていないからです。
川が汚れれば、海が汚れる。
海が汚れれば、魚が影響を受ける。
魚が影響を受ければ、やがて人間へ戻ってくる。
僕たちは、循環の外側にはいません。循環の中にいます。
食べられるコスメという考え方
だから僕は、「食べられるコスメ」という発想を、これからの新しい常識にしたいと思っています。
本当に食べるための化粧品、という意味だけではありません。
口に入っても慌てない。
子どもが触れても過度に不安にならない。
使う人にも、環境にも、できるだけ負担をかけない。
原材料を見た時に、自分が納得できる。
僕は、その状態を目指したいのです。
僕はこれを、イーテッドコスメと呼びたいと思っています。
肌に使うものだから、食べ物より適当でいい。
外側に使うものだから、原材料は気にしなくていい。
もう、そんな時代ではありません。
本当の美しさとは何か
美しさとは、肌だけがきれいになることでしょうか。
髪だけが潤うことでしょうか。
僕は違うと思っています。
使う人が安心できる。
家族にも使わせたいと思える。
子どもにも触れさせられる。
使い終わった後、自然へ戻る。
そこまで含めて、美しさではないでしょうか。
人も。水も。川も。海も。次の世代も。
すべてが少しずつ良くなる。
僕は、そんな製品を美しいと思います。
よく考えてください。
人間のための商品が、人間だけを見ていていいのでしょうか。
美しくなるための商品が、自然を犠牲にしていいのでしょうか。
子どもたちへ残す未来が、それで本当にいいのでしょうか。
僕は、食べられるほどシンプルで、自然へ還るほどやさしい。
そんなコスメが、特別ではなく、普通になる未来を作りたい。
イーテッドコスメ。食べられるコスメ。
それは、奇抜な発想ではありません。
人と自然が分かれていないという、あまりにも当たり前の原理原則へ戻ることです。
そして、その当たり前を、もう一度当たり前にする。
それが、これからのものづくりに必要な覚悟だと、僕は思っています。
vol.13 「フルボ酸配合」だけでは、何も分からない。 大切なのは「どこから、何から生まれたのか」です。
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.13(2026.09.12配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、ModoruそしてOtohaの中でも、僕がものすごく重要だと思っている原料についてです。
それが、フルボ酸です。
最近では、フルボ酸という名前を見かける機会も増えてきました。
化粧品。
美容液。
シャンプー。
健康食品。
農業資材。
さまざまな場所で、「フルボ酸配合」という言葉を見るようになりました。
でも僕は、ここで一つ、絶対に知っておいてほしいことがあります。
フルボ酸と書いてあれば、全部同じではありません。
むしろ、ここからが重要なのです。
フルボ酸とは何なのか
フルボ酸は、腐植物質と呼ばれる複雑な天然有機物の一群に含まれます。
植物や微生物などの有機物が、土壌や堆積物、水の中で、微生物作用や化学反応を受けながら、長い時間をかけて変化していく。
この過程を、「腐植化」と呼びます。
つまり、本来のフルボ酸というものを考える時、その背景には、
植物があります。
微生物があります。
土があります。
水があります。
そして、時間があります。
フルボ酸とは、単純な一種類の化学成分ではない。自然の中で起きてきた、途方もない変化の結果なのです。
「フルボ酸」という名前だけを見てはいけない
これは、シリカと非常によく似ています。
「シリカ配合」と書いてあっても、
植物由来なのか。
鉱物由来なのか。
どんな原料なのか。
それによって、同じ一言では語れません。
フルボ酸も同じです。
原料は何なのか。
どこで形成されたものなのか。
どのように取り出されたものなのか。
ここを見る必要があります。
MODORUとOTOHAが選んだもの
ModoruとOtohaに使用しているフルボ酸は、僕たちが非常にこだわって選んだものです。
その源となっているのが、天然堆積層ヒューミックシェール。
僕たちは、単に「フルボ酸という成分」を探したのではありません。
何から生まれたフルボ酸なのか。そこを見ました。
長い年月の中で、植物由来の有機物などが堆積し、自然環境の中で変化して形成された層。
その由来を持つ原料を選んでいます。
僕にとって重要なのは、「フルボ酸が入っていること」ではありません。
そのフルボ酸に、どんな歴史があるのか。なのです。
僕たちは「成分」を買っているのではない
これは、Kami-神󠄄-storeの製品開発すべてに共通しています。
シリカだけ欲しいわけではない。
だから、ただの二酸化ケイ素ではなく、稲の籾殻を見る。
フルボ酸だけ欲しいわけでもない。
だから、成分名だけではなく、そのフルボ酸が生まれた背景を見る。
僕たちは、成分表を作っているのではありません。製品を作っています。
もっと言えば、生命と自然の関係を、製品という形へ落とし込もうとしています。
原料には「履歴」がある
僕は、これからの健康食品や化粧品は、原材料名だけでは足りなくなると思っています。
「フルボ酸」と書いてあっても、
何を原料にしたのか。
どの地層なのか。
どう形成されたものなのか。
どう抽出したのか。
違います。
だから、これから見るべきなのは、成分名ではありません。履歴です。
その原料が、どこから来たのか。
僕は、そこに本物を見極めるヒントがあると思っています。
「高濃度」よりも「何者なのか」
僕は、健康食品や化粧品を見る時、「何%入っていますか?」という質問だけでは、もう足りないと思っています。
高濃度。高配合。○○倍。
もちろん、数値は必要です。
しかし、その前に聞いてほしい。
それは、何者ですか?
どこから来たものですか?
何を原料にしていますか?
どうやって作りましたか?
なぜ、その原料を選んだのですか?
僕は、その質問にきちんと答えられる製品を作りたいと決意しています。
vol.14 筋反射で合う・合わないを超えた先にあるもの 本当に必要なものは、筋反射で測る必要があるのだろうか
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.14(2026.09.27配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は少し面白いテーマです。
筋反射(キネシオロジー)
これは素晴らしい技術だと思っています。
身体(潜在意識)は嘘をつかない。
頭では欲しいと思っていても、
身体は違う答えを出すことが、このテストでわかります。
だから筋反射は、
自分に必要なものを見極める一つの方法として非常に有効だと思っています。
しかし、今日は少し違う視点で書いてみたいと思います。
合う・合わないは存在する
まず最初に。
僕は、合う・合わないは存在すると思っています。
人によって体質は違う。
育った環境も違う。
遺伝的背景も違う。
生活習慣も違う。
だから、全ての人に同じものが合うとは限らないのは、当たり前のことです。
例えば、
海外の食文化で生まれた食品。
人工的に加工された食品。
化学的に合成されたもの。
極端に抽出されたもの。
人間が意図的に作り変えたもの。
こういったものは、身体との相性を見る価値があると思っていますし、
筋反射で反応を取った方がいいです。
なぜなら、自然界に元々存在しないものだからです。
加工されたものだからです。
自然界は何百万年も実験している
人間の歴史より、自然界の歴史は遥かに長いということです。
植物は何千万年も存在しています。
土も。
水も。
微生物も。
その長い時間の中で、淘汰され、残ってきたものが自然です。
つまり、自然そのものが巨大な実験場なのです。
鹿は筋反射をするだろうか
少し極端な話をします。
山にいる鹿は、筋反射をしてから草を食べるでしょうか。
熊は、筋反射をしてから木の実を食べるでしょうか。
鳥は、波動測定をしてから種を食べるでしょうか。
しません。
なぜなら、自然の中で生きているからです。
本来の環境の中にいるからです。
もちろん、毒草は避けます。
危険なものは本能で避けます。
しかし、自然の命そのものを前にして、
「自分に合うだろうか?」
とは考えないのです。
生命は、もっとシンプルです。
合う・合わないの概念を超えるもの
僕は、自然には二種類あると思っています。
ひとつは、人間が作り変えた自然。
もうひとつは、そのままの自然。
前者には相性があり、
後者には相性という概念が無くなるのです。
なぜなら、生命の根源だからです。
日本人と日本の植物
僕たちは、何千年も日本で生きてきました。
日本の水を飲み。
日本の空気を吸い。
日本の土で育った植物を食べ。
日本の四季の中で生きてきた。
つまり、身体そのものが日本という環境で作られているのです。
抽出しない意味
現代の健康食品は、抽出が大好きです。
成分が大好きです。
しかし僕は思います。
自然は、丸ごとで完成しているということです。
葉だけではない。
根だけでもない。
実だけでもない。
全体で生命なのです。
人間は「成分」でできているのではなく、「生命」でできているのです。
「生命」が一番で、その中の「成分」は副産物。
僕はそれが、確信となっています。
命は命を求める
生命は、生命を求めている。
自然は、自然を求めているのです。
人間は、本来の自然を求めているのです。
だから、日本の自然。
日本の植物。
日本人が何千年も共に歩んできたもの。
それらは、特定の誰かだけのものではなく、日本人全体の財産なのです。
筋反射も素晴らしい。
キネシオロジーも素晴らしい。
自分に合うものを探すことは大切です。
でも。
本当に自然なもの。
本当に生命そのもの。
本当に日本人が共に歩んできたもの。
そこまで行くと、
合う・合わないという問いそのものが、少しずつ消えていくのかもしれません。
太陽は、誰に合うかを選ばない。
空気も選ばない。
水も選ばない。
自然は、ただそこに存在している。
そして生命を支えている。
僕は、Kami-神󠄄-storeの製品も、そんな存在でありたいと思っています。
特別な誰かのためではない。
日本人が本来持っていた生命力を思い出すための、自然からの贈り物として。
それが、僕たちが届けたい世界です。
Kami-神󠄄-storeの製品で筋反射テストをしてみてください。
もれなくほぼ全員、必要というサインが出ると思いますよ。
なぜなら、生命そのものだからです。
vol.15 本物の製品とは何か? 本物は、自分だけを良くしない。「全体」を良くする。
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.15(2026.10.04配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、
僕たちが製品を開発するときに、
ものすごく大切にしている「基準」について書きたいと思います。
何をもって、良い製品とするのか。
何をもって、本物とするのか。
売れれば本物なのでしょうか。
効果を感じれば本物なのでしょうか。
天然なら本物なのでしょうか。
高級な原料を使えば本物なのでしょうか。
僕は違うと思っています。
実は、僕の中には明確な基準があります。
その考え方に大きな影響を受けた一人が、
船井幸雄先生です。
船井先生は、「本物」について明確な定義を残しています。
船井幸雄先生が定義した「本物」
船井先生は、本物には5つの条件があるとしました。
一、付き合うものを害さない。
二、付き合うものを良くする。
三、高品質で、安全、そして安心できる。
四、単純で、しかも万能である。
五、経済的である。
僕は、この考え方に初めて触れたとき、非常に共感しました。
なぜなら、僕が製品を作りながら感じていたことが、
すでに言語化されていたからです。
そして特に、僕が重要だと思ったのが、二番目です。
付き合うものを良くする。
僕はこれを、もっと大きく捉えています。
本物とは、全体を良くするもの。
だと思っています。
「自分だけ良くなる」は、本物なのか?
例えば、ものすごく肌がきれいになる化粧品があったとします。
使った人は喜びます。
肌は潤う。
髪は美しくなる。
見た目も若々しくなる。
素晴らしい。
でも、その製品を作る過程で、
環境へ大きな負担をかけていたらどうでしょう。
使い終わった成分が排水へ流れ、
自然環境に残り続けるものだったらどうでしょう。
あるいは、生産者へ無理な価格を押し付け、
誰かの犠牲によって安さが成立していたらどうでしょう。
僕は、それを完全な意味での「本物」とは呼びたくありません。
なぜなら、一人が良くなった代わりに、どこかが悪くなっているからです。
本物は、プラスの連鎖を起こす
僕は、本物には特徴があると思っています。
それに関わるほど、良くなっていく。
使う人が良くなる。
家族が良くなる。
作る人が良くなる。
売る人が良くなる。
地域が良くなる。
自然が良くなる。
そして、次の世代まで良くなる。
つまり、プラスが連鎖する。
これが、本物なのではないでしょうか。
逆に、どこかに大きなマイナスを押し付けなければ成立しないものは、
まだ完成していない。
僕はそう考えています。
「効果がある」だけでは、本物ではない
ここは、健康業界にとって非常に重要です。
僕は、効果があることと、本物であることは、同じではないと思っています。
例えば、ものすごく強い何かがある。
短期間では、大きな変化を感じる。
しかし、長期間使うと別のところへ負担が出る。
それなら、本当に良いものなのでしょうか。
身体の一部分だけ良くなって、別の部分が悪くなる。
人間だけ良くなって、自然が悪くなる。
今の世代だけ便利になって、未来の世代へ負担を残す。
それは、部分最適です。
本物が目指すのは、全体最適。
僕はここが、決定的な違いだと思っています。
本物は「付き合うものを良くする」
これが、僕は最も好きです。
害さないだけではない。
良くする。
ゼロではないのです。
マイナスを出さないだけでは、まだ足りない。
プラスにする。
使った人が良くなる。
使った環境も良くなる。
その製品に関わった人も良くなる。
僕は、ここにものづくりの未来があると思っています。
そして、籾殻に辿り着いた
だから、僕たちがKami - 神󠄄 - で辿り着いたものも、驚くほど単純でした。
籾殻です。
日本人が、何千年も見てきたもの。
田んぼにあったもの。
稲を守っていたもの。
そして、現代では多くが農業副産物として扱われてきたもの。
僕たちは、そこに価値を見つけました。
最新の化学成分ではなかった。
海外から持ってきた珍しい植物でもなかった。
日本人のすぐ足元にあった。
僕は、ここがとてもKami - 神󠄄 - らしいと思っています。
本物とは、自然の原理に逆らわないもの
自然は、循環しています。
だから、僕たちも製品を作る時、この循環から外れたくない。
人間だけ良くなればいい。会社だけ儲かればいい。今だけ便利ならいい。
そんなものづくりではなく、使った後まで考える。未来まで考える。
僕は、それが本物のものづくりだと思っています。
本物創りが「日本から病を消す」につながる
僕たちは、日本から「病」を消す、という大きな目的を掲げています。
しかし、病気だけなくなればいいとは思っていません。
人間が健康になった代わりに、自然が病んだ。それでは意味がない。
身体が健康になった代わりに、心が苦しくなった。それでも意味がない。
会社が成長した代わりに、社員が疲弊した。それも違う。
僕たちが目指しているのは、もっと大きな健康です。
人が健康になる。家族が豊かになる。会社が良くなる。地域が良くなる。自然が良くなる。
そして、未来の子どもたちが、今より良い環境で生きられる。
そこまで行って、初めて、
「日本から病を消す」という言葉が完成するのだと思っています。
vol.16 なぜ和多志たちは教育勅語を規範にするのか 日本から「病」を消す。その根底に流れる思想
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.16(2026.10.11配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、
会社の中心にある、
最も大切な話をしたいと思います。
製品づくりの基準があります。
情報発信の基準があります。
会社の在り方の基準があります。
一人ひとりの判断基準があります。
その中心にあるもの。
それが、
教育勅語です。
この言葉を聞くと、
様々な印象を持つ人がいるでしょう。
政治の話をしたいわけではありません。
歴史を評価したいわけでもありません。
大切にしているのは、
その中に書かれている、
人としてどう生きるか
という道徳的な価値観です。
和多志たちは何を失ったのか
日本は、
世界でも有数の教育水準を持つ国です。
知識は増えました。
情報は増えました。
技術は発展しました。
AIも生まれました。
インターネットもあります。
便利な社会となりました。
しかし、
本当に豊かになったのでしょうか。
心から幸せだと言える人は、
増えたのでしょうか。
自殺者は、
長年にわたり社会課題となっています。
孤独を感じる人もいます。
心の病で苦しむ人もいます。
便利になったのに、
幸福感は必ずしも比例していません。
ここに大きな問いがあります。
知育だけでは人は幸せになれない
現代社会は、
知識を増やす教育が中心です。
覚える。
効率を上げる。
もちろん、
知識は大切です。
技術も必要です。
しかし、
知識だけでは、
人生は豊かになりません。
人を思いやる心。
感謝する心。
親を敬う心。
仲間を大切にする心。
約束を守る心。
自然に感謝する心。
これらは、
知の世界では測れません。
でも、
人生では最も重要なことです。
和多志たちが取り戻したいもの
日本人が本当に取り戻すべきものは、
知識ではなく、
徳だと思っています。
徳とは、
人間性です。
生き方です。
誰も見ていない場所で、
どう行動するか。
利益よりも、
正しさを選べるか。
損をしてでも、
約束を守れるか。
困っている人を、
自然に助けられるか。
これが本当の教育だと思っています。
教育勅語に学ぶもの
教育勅語から学んでいるのは、
特定の時代ではありません。
特定の政治思想でもありません。
家族を大切にすること。
誠実であること。
学び続けること。
公共のために尽くすこと。
人を思いやること。
信頼を守ること。
これらは、
時代が変わっても色あせない価値です。
こうした価値観を、
現代にもう一度取り戻したいと思っています。
病とは身体だけではない
「日本から病を消す」
という理念を掲げています。
この病とは、
身体の病気だけを意味していません。
心の病。
孤独感。
絶望感。
憎しみ。
嫉妬。
無関心。
生きる希望を失うこと。
それらもまた、
現代社会の病だと思っています。
だから、
食品だけでは解決できません。
人の心が変わること。
そのすべてが必要です。
徳育が健康をつくる
健康とは食事だけではないと思っています。
どんな言葉を使うか。
どんな心で生きるか。
何のために働くか。
これらすべてが、
健康に影響すると考えています。
身体は、
心と切り離せません。
心は、
生き方と切り離せません。
本当の健康とは、徳を育てることでもあると思っています。
日本から病を消すために
これからも新しい製品を作ります。
どれだけ時代が変わっても、
中心は変わりません。
人を大切にすること。
自然を大切にすること。
命を大切にすること。
これらが、
すべての基準です。
その挑戦の根底には、
いつも変わらず、
徳育という思想が流れています。
vol.17 日本人の適応食とは何か? 稲と共に生きた民族の、身体の設計図
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.17(2026.10.18配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
今日は、
「適応食」という考え方についてお話ししたいと思います。
この考え方は、
Kami - 神󠄄 - がずっと伝えてきた
「日本人専用」という思想の、
科学的な入口になるものです。
昔の日本人は感覚で知っていたことを、
現代人はようやく言語化し始めています。
それが、
適応食という考え方です。
動物にはそれぞれ適応食がある
ライオンは肉。
牛は草。
パンダは笹。
これは当たり前の話です。
では、人間はどうなのか。
さらに言えば、
日本人は何に適応しているのか。
日本人は何千年もの間、
日本の水、
日本の土、
日本の空気、
日本の植物と共に生きてきました。
つまり、
日本人の身体は、日本という環境に最適化された身体なのです。
現代人が見落としていること
健康の世界では、
タンパク質が良い。
脂質が良い。
ビタミンが良い。
そんな話ばかりです。
しかし本当に重要なのは、
「何が良いか」ではなく、
「自分に適応しているか」です。
同じ栄養学を学んでも、
同じ食事をしても、
アメリカ人と日本人では同じ結果にはなりません。
身体の設計が違うからです。
日本人の身体の特徴
日本人には、
固有の特徴があります。
水を保持する力。
発酵との相性の良さ。
ミネラル依存度の高さ。
神󠄄経感受性の高さ。
そして、腸が長いこと。
日本人とは、非常に繊細な民族なのです。
だからこそ、
何を食べるかだけでなく、
その食が自分の身体の設計に合っているかどうか。
ここが重要なのです。
本当に日本人を支えていたのは何か
日本人の適応食として、
お米が重要であることはよく知られています。
しかし、
そこからさらに一歩踏み込みたいのです。
本当に日本人を支えていたのは何か。
ここからは考察ですが、
昔の日本人は、
米だけを食べていたわけではありません。
稲と"共に"生きていた。
これが本質です。
稲は、単なる作物ではありません。
神󠄄事の中心。
祭りの中心。
国家の中心。
生活の中心。
なぜそこまで特別だったのか。
稲は、日本人の生命情報そのものだったからです。
米と籾殻――その本当の意味
ここで重要なのが、
籾殻です。
現代では、
籾殻は廃棄物扱いです。
しかし昔は違いました。
神󠄄棚に供える。
田畑に戻す。
火に使う。
家畜に使う。
生命循環の中心にあったのです。
米は、生命の中身。
籾殻は、生命を守る外殻。
米がエネルギーなら、
籾殻は構造です。
米が栄養なら、
籾殻は情報です。
KAMI - 神󠄄 - の思想
Kami - 神󠄄 - は、
栄養補給のための食品ではありません。
日本人が失った適応情報を取り戻すための食品です。
「日本人専用」とは、
差別でも選民思想でもありません。
日本人が持つ
神󠄄経構造、
腸内環境、
水の保持能力、
ミネラル代謝、
稲作文化。
これらに最適化されている、という意味です。
日本人の適応食の原点回帰
適応食とは、
単なる食事ではありません。
自分のルーツに戻ること。
自分の身体が覚えているものを、
もう一度取り入れること。
その一つの答えが、稲であり、
籾殻であり、
Kami - 神󠄄 - です。
健康とは、
新しいものを探すことではありません。
本来の自分に戻ることです。
日本人が何千年も共に生きてきた稲。
その稲の最も外側にあり、
生命を守り続けてきた籾殻。
Kami - 神󠄄 - は、
その価値を現代に取り戻す挑戦です。
だから、
Kami - 神󠄄 - をサプリメントとは言いません。
日本人の適応食の原点回帰。
それが、
Kami - 神󠄄 - の思想なのです。
vol.18 病気を恐れると病気になる。 添加物を嫌うと病気になる。
Kami-神󠄄-store 人生を豊かにするメルマガ vol.18(2026.10.25配信)
Kami-神󠄄-store 深見です。
健康について学べば学ぶほど、
面白いことに気づきます。
それは、
病気を恐れれば恐れるほど、人は病気に近づく。
ということ。
そして、
添加物を嫌えば嫌うほど、身体は不自然になっていく。
ということです。
もちろん誤解しないでくださいね。
添加物を推奨したいわけではありません。
農薬を推奨したいわけでもない。
自然栽培や無添加の価値を否定したいわけでもない。
むしろ、
自然なものを選んでいます。
しかし、それ以上に大切なことがある。
「恐れは身体に直接作用する」
ということです。
恐れは身体を動かす
「この食品には添加物が入っている!」
「病気になったらどうしよう!」
「癌になったら終わりだ!」
そう思いながら毎日を過ごしている人と、
「大丈夫。身体には力がある」
そう思いながら過ごしている人。
どちらの身体が整いやすいか。
答えは明らかです。
なぜなら、
恐れは神󠄄経を緊張させるからです。
神󠄄経が緊張すると、
血流が悪くなる。
消化が落ちる。
睡眠が浅くなる。
免疫が下がる。
ホルモンが乱れる。
つまり、病気を恐れること自体が、病気に近づく方向へ身体を動かしてしまうのです。
「病は気から」は本当だった
昔の人は、
「病は気から」
と言い続けました。
科学がなかった時代、
人は身体をただ観察していた。
気持ちが落ちると病気になる。
希望を持つと回復する。
笑うと元気になる。
これは今の医学でも、
神󠄄経免疫学や精神󠄄神󠄄経内分泌学として研究されています。
昔の人の感覚は正しかった。
嫌うことも同じ
添加物を憎む。
農薬を憎む。
薬を憎む。
医療を憎む。
これも同じ構造です。
「嫌う」ということは、
その対象に意識を固定することです。
そして脳は、
意識したものを拡大するようになっています。
添加物を避けたいのに、
頭の中は添加物でいっぱいになる。
病気になりたくないのに、
頭の中は病気でいっぱいになる。
これでは、神󠄄経は休まらない。
包み込むという発想
ではどうすればいいのか。
大切なのは、
包み込むこと。
受け入れること。
そして選択すること。
添加物がある。
それも事実。
自然食品もある。
それも事実。
その上で、
自分は何を選ぶのか。
これが成熟した健康観だと思います。
村上和雄先生が伝えたかったこと
ここで思い出すのが、
故・村上和雄先生です。
先生は長年、
DNAと遺伝子の研究を続けていました。
そして繰り返し語っていたのが、
「遺伝子にはスイッチがある」
ということ。
人間のDNAには、
まだ使われていない能力が大量に眠っている。
そして、
そのスイッチは
恐れではなく、
喜びや感謝、
希望や感動によって入りやすくなる。
DNAは単なる設計図ではなく、環境や感情によって反応するのです。
DNAは何を見ているのか
DNAは、
栄養だけを見ているわけではありません。
思考。
感情。
神󠄄経状態。
食事。
水。
光。
人間関係。
すべてを見ています。
だから、
高級なサプリメントを飲みながら不安だらけの人より、
感謝しながら味噌汁を飲む人の方が、身体が元気になるのです。
KAMI - 神󠄄 - の役割
Kami - 神󠄄 - は、
病気を治すものではありません。
DNAを操作するものでもない。
しかし、
DNAが本来の働きをしやすい環境を作るもの。
これがKami - 神󠄄 - の役割だと思っています。
DNAの上に積もったノイズを減らす。
神󠄄経を整える。
水を整える。
細胞環境を整える。
そうすると、
もともと入るはずだったスイッチが、自然に入る。
還元とは「本来に戻ること」
病気を恐れると病気になる。
添加物を嫌うと病気になる。
これは極端な言葉に聞こえるかもしれません。
しかし本質は、
恐れと嫌悪が、
神󠄄経を閉じ、
生命の流れを止めるということ。
大切なのは、
包み込むこと。
受け入れること。
そして選択すること。
その上で、
DNAが喜ぶ環境を整えること。
Kami - 神󠄄 - は、
DNAを変える食品ではない。
DNAが本来の力を発揮しやすい環境を整えるための食品です。
そしてそれは、
日本人が古来より稲と共に育んできた、
生命との付き合い方そのものなのかもしれません。
Kami-神󠄄-store のご紹介
Kami-神󠄄-storeでは、
日本人の身体に還る食品を
お届けしています。
日本人が何千年も共に生きてきた稲。
その籾殻から生まれた、
DNAが喜ぶ環境を整えるための食品です。
恐れるのではなく、
包み込む。
嫌うのではなく、
選ぶ。
その一歩として、
ぜひKami - 神󠄄 - をお試しください。
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