なぜ僕は鉱物性ソマチッドを飲まないのか
――そして、なぜ植物由来にこだわるのか
Kami - 神󠄀 - store 深見です。
今日は少し踏み込んだお話をします。
ソマチッド。
近年、健康業界や波動業界でよく耳にする言葉になりました。
僕自身も長年、ソマチッドに興味を持ち、調べてきました。
その中で、ずっと感じてきた疑問があります。
「鉱物性ソマチッドを、わざわざ飲む必要があるのだろうか?」
誤解しないでほしいのは、否定ではないということ
鉱物由来のソマチッドには、素晴らしい価値があります。
お肌に身につける。
空間に置く。
建材に混ぜて使う。
陶器にする。
アクセサリーにする。
古代から人類は、現代人よりも遥かに鉱物の力を活用してきました。
その価値は本物だと思っています。
ただ、
「飲む」となると、少し話が変わります。
僕はそう考えるのです。
そもそも鉱物とは何か
鉱物は、土や岩石から採取されるものです。
地球が長い年月をかけて作り出した物質です。
だから価値がある。
でも僕は、ここで単純な問いを持ちます。
人間は本来、
鉱物を食べる生き物だろうか。
石を食べる生き物だろうか。
そこに、シンプルで大きな違いがあると思っています。
自然界は「植物」を入口にしている
少し、考えてみてください。
土の中のミネラルを、人間は直接利用できません。
だから植物が存在します。
植物が土から吸い上げる。
太陽の光を受ける。
生命活動を行う。
そして、人間が利用できる形へ変換する。
僕たちはその植物を食べる。
植物とは、地球と人間を繋ぐ架け橋です。
この仕組みそのものが、自然界の叡智だと思っています。
海外ではどう扱われているか
ソマチッド関連の情報を調べていくと、興味深い傾向があります。
鉱物由来のソマチッドは、飲用よりも、
外用製品、セラミック、ヒーリング素材として扱われることが多い。
特許文献でも、皮膚再生、創傷ケア、電磁波シールド素材など、
「外部利用」を前提とした開発が多く見受けられます。
僕はここに注目しました。
なぜ、鉱物をわざわざ飲まなければいけないのだろう。
僕が大切にしている基準
製品を選ぶとき、僕はとても単純な基準を持っています。
自然かどうか。
生命かどうか。
日本人が何千年も共に歩んできたものかどうか。
人間が口にして良いものかどうか。
植物。
発酵。
自然栽培。
微生物。
土。
水。
こういったものには、生命の循環があります。
人間の身体もまた、その循環の中にあります。
だから僕は、
生命を通過したものを選びます。
鉱物ではなく、植物を。
なぜKami - 神󠄀 - は植物由来なのか
Kami - 神󠄀 - が植物由来にこだわる理由も、ここにあります。
籾殻は、植物です。
しかも、日本人が何千年も共に生きてきた「稲」です。
土のミネラル。
太陽のエネルギー。
水の情報。
微生物の働き。
すべてを受け取り、生命へと変換した存在。
そこに、僕は安心感を覚えます。
そして、自然さを感じます。
あなたは、
鉱物を口にするのと植物を口にするのと、
どちらに安心感がありますか?
僕の結論
鉱物性ソマチッドを否定するつもりはありません。
価値がある可能性も、もちろんあるでしょう。
しかし、僕自身が選ぶなら、植物を選びます。
日本人が長い歴史の中で共に歩んできたものを選びます。
なぜなら、
人間もまた、自然だからです。
健康を考えるとき、僕はいつもひとつの問いを持ちます。
「それは、自然だろうか?」
自然が何百万年もかけて作り上げた仕組みがあるなら、
まずその仕組みを信頼したい。
土から植物へ。
植物から生命へ。
生命から人へ。
その流れの中に、本来の健康があると感じています。
だから僕は、
鉱物ではなく植物を選んでいます。
それが、Kami - 神󠄀 - の考え方であり、
僕自身の選択です。