人生とは四季である。 日本人だけが持っていた、美しい世界の見方

Kami - 神 - store 深見です。

今日は、

健康の話でもなく、

栄養の話でもなく、

少しだけ人生の話をしたいなと思います。

僕は昔から、

人生とは四季のようなものだと思っています。

と、いうより、

何かこの言葉をどこかで聞いて、

共鳴したわけです。

春がある。

夏がある。

秋がある。

冬がある。

当たり前のことですが、

改めて考えると、

とても深いことだと思うのです。

なぜなら、

僕たちはいつの間にか、春だけを求めるようになってしまったからです。

春だけの人生を求めていることが不幸の始まり

幸せになりたい。

成功したい。

健康になりたい。

お金持ちになりたい。

これは素晴らしいことです。

僕もそう思います。

しかし、

気づくと現代人は、

春だけの人生を求めて生きてしまっているように見えるのです。

暖かくて。

心地よくて。

希望に満ちていて。

そんな状態だけを望んでいる。

逆に、

冬を嫌う。

苦しい時期。

失敗する時期。

病気になる時期。

孤独な時期。

それらを不幸だと思ってしまう。

でも本当にそうでしょうか。

桜は冬がなければ咲かない

日本人なら誰でも知っていますよね。

桜は冬を経験しなければ咲かない。

だから春が来た時、

美しく咲くのです。

もし一年中春だったら、

桜は咲かないのです。

これは人生においても同じではないでしょうか。

感動は差によって生まれる

僕は思うのです。

人間は比較によって感動するのです。

ずっと明るい場所にいると、

光のありがたさを忘れてしまう。

ずっと健康だと、

健康のありがたさを忘れてしまう。

ずっと豊かだと、

豊かさのありがたさを忘れてしまう。

しかし、

暗闇を経験すると、光が見える。

病気を経験すると、健康が見える。

失うと、ありがたさが見える。

だから僕は、冬は春を生むためにあると思っています。

ストレス期があるから解放がある

筋肉もそうです。

筋トレをすると、一度壊れます。

ストレスがかかり、その後に回復します。

すると強くなるのです。

人生も似ています。

試練がある。

苦しみがある。

壁がある。

そしてそれを越えた時、

成長がある。

解放がある。

感動がある。

だから僕は、ストレスそのものが悪いとは思っていません。

必要な冬もあるということ。

必要な負荷もあるということ。

日本人が持っていた感覚

ここが面白いところです。

この感覚は、

西洋的な考え方とは少し違います。

西洋は、

前へ進む思想が強いです。

成長。発展。拡大。上昇。

もちろん素晴らしい。

僕もこの4つは信条になっています。

しかし日本人は、

少し違う世界を見ていたのです。

咲く花を愛し、散る花も愛した。

春を愛し、冬も愛した。

つまり、

完成だけではなく、移ろいそのものを美しいと思ったのです。

これは世界でも珍しい感覚なのです。

日本人特有の感覚であり、

これが「強さ」と「優しさ」の両方を持つ存在を作っていたのです。

健康にも四季がある

僕は健康も同じだと思っています。

元気な時期も疲れる時期も。

挑戦する時期も休む時期も。

全て必要です。

現代人は、

いつも100点満点を目指す傾向があると思っています。

しかし、

自然界にそんなものは存在しません。

人生を信頼する

僕は、

自分の人生を、

自分が一番信頼することが大切だと思っています。

人生とは四季である。

人生における全ての出来事は、

全部必要なのです。

全部美しいのです。

無駄は一切ないのです。

全部が全部で人生なのです。

僕たちは、

いつの間にか

「これはダメ・これはいい」と片方だけを求めてしまいました。

しかし本当は、

四季そのもの、全体が幸せなのです。

全てを含めて、人生は美しい。

それが、

日本人が昔から知っていた、

言葉にならない美学なのだと、僕は思っています。